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真田丸 第6回「迷走」


今回の見所は明智兵から逃れる為、琵琶湖の有り得ない断崖絶壁!?から
身を投げた信繁(堺雅人)の姉・松(木村佳乃)と
それを悲しむ真田家の有様ではないかと私は思う。
松を失い、心の傷が癒えない信繁は梅(黒木華)にその心情を吐露する。
「ずっと兄より才があると思っていた。
その才で兄を助けていくのが自分の務めだと思っていたが、
そんなのはうぬぼれだった。」
「私の才などいざというとき役に立たぬ事がようわかった。
私はただの役立たずの次男坊。真田の家にいる意味など何もない。」

無力感に苛まれる信繁の辛さが
堺さんの演技を通してひしひしと伝わってきた。

本能寺の変の直後、安土の農家に隠れていた信繁一行は
明智兵に見つかり逃げる途中、
追い詰められた松は琵琶湖から身を投げてしまう。
信濃へ戻ってきた信繁は松を助けられなかった事を家族一同に告げる。
母・薫(高畑淳子)に責められてもただひたすら詫びる信繁。
信繁たちの悲しみをよそに
松は琵琶湖の漁師に助けられ一命を取り留めていた。
ところが松は記憶喪失になってしまう。
大河ドラマは50回、これからまだまだ続く。
1年間の長丁場を持ちこたえるには様々なエピソードが必要で、
松が断崖絶壁から身を投じ記憶喪失になる必要があったのだろう。
しかし、くどいようだが琵琶湖に断崖絶壁など無い。
琵琶湖が日本一大きいの湖だと知れ渡っているが、
実際に行ってみた方は全国的にそう多くないかもしれない。
それならば松を琵琶湖からダイブさせても
差し障りがないと思ったんだろうか。
琵琶湖の特に湖西と湖北は穏やかで美しい風景が広がっている。
真田丸の場面と同様だったら景勝地の反面、
自殺の名所になっていただろう。
琵琶湖の話はそれくらいにしててんてん 松は村松殿という名で
知られる実在の人物である。
永禄8年(1565年)に生まれ、弟の信幸とは1歳違い、
信繁とは2歳違いで弟との関係は良好だったようだ。
加沢記(沼田藩祐筆・加沢平次左衛門によって綴られた手記)によると
村松殿は本能寺の変の後、行方不明になり桑名(三重県)で
渡し守にかくまわれ2年後に保護されたという。
天正10年(1582年)頃、村松殿はご存知の通り小山田茂誠に嫁いだ。
その後、小山田茂誠は真田信幸の家老になり小県郡村松を
領地として与えられた事によって村松殿と呼ばれるようになった。
信幸、信繁の兄弟は徳川方、豊臣方と袂を分かつようになっても
村松殿と手紙のやり取りを行っていたが、
大坂夏の陣が起こると信繁は遺書と思しき手紙を
義理の兄である小山田茂誠に送っている。

さだめなき浮世にて候へ者、一日先は知らざる事、
我々事などは浮世にあるものとは、おぼしめし候まじく候


運命の定まるところのない不安定な世の中ですから
1日先のこともどうなるか分かりません。
私たちのことはもうこの世にないものとお考えください。


松とその家族を想い慕っていた信繁。
これが決戦の前に送った最期の言葉だった。

本能寺の変で信長亡き後、昌幸はもがきにもがいて
滝川一益や北条氏政誰にも属さないと決断を下した。
今まで以上に波乱万丈の幕開けである。
16年大河 真田丸 | 17:25 | - | -
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