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真田丸 第5回「窮地」


真田丸第5回の見所はまたもや真田信繁(堺雅人)ではなく
徳川家康(内野聖陽)の爆笑!?伊賀越えである。
天正10年6月2日、本能寺の変が起こり
織田信長(吉田鋼太郎)は明智光秀(岩下尚史)に討たれ、
同盟を結んでいた家康は窮地に陥る。
堺にいた家康は明智の軍勢から逃れる為、
危険だが最短で意表を突いた伊賀越えを決意。
伊賀者・服部半蔵(浜谷健司)が先導して
家康は命からがら三河へ戻る。
その様が可笑しくて大笑いしたが、
実際は家康絶対絶命のピンチで笑い事ではなかっただろう。
それでは今回の見所、伊賀越えについておさらい。



家康は本能寺の変から起こる数日前から信長の招待を受け
畿内各地を見物中に堺で事件を知る。
家康一行は京に上ると称し堺を出発、
最短経路だが地侍や土民に襲われるリスクがある伊賀越えを決断。
近江信楽で一泊、ついで伊賀柘植から加太を越え
伊勢関に出て白子から船に乗り三河大浜に到着、
堺を出て2日後岡崎に帰る事が出来た。
わずかな供の兵しか持たない家康にとっては伊賀越えは危険があり、
家康の生涯の中で最大の危機のひとつと言われている。
その時、伊賀出身の服部半蔵がおり
彼によって集められた甲賀者や伊賀者によって助けられた。
伊賀越え以来、家康は護衛にあたった彼らを召し抱え
甲賀・伊賀の忍者組織を手に入れた。

前回まで無理矢理でも信繁の見所について書いたが、
今回はどう転んでも書きようがないのだ。
信繁=堺さんの出番が少ないとブータラ文句を言ったら
出番が少なくてもドラマさえ面白ければ良いではないか
というご意見を頂いた。
それで思い出したのが堺さんのインタビュー
堺雅人“駒”に徹す!である。
「いい駒でいたいと思っています。
今回は“僕が!”という気持ちは全くありません。
信繁はいろんな物を見て、いろんなところに流されていく。
信繁の目を通して、お客さんがドラマを見る仕組みになっている。
そういう役なので、ある意味で
全くセリフがなくてもいいくらいです」

堺さんご本人がこう仰っているのだから
次回からは潔くドラマ自体を楽しみたい。
誰よりも信繁が活躍するその日まで。
16年大河 真田丸 | 16:03 | - | -
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