遠くへ行きたい | スリジャヤワルダナプラコッテ(仮)

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軽井沢としなの鉄道の旅


8月2日(日)
軽井沢 バス 横川 歩く 熊ノ平駅跡 歩く 横川 バス 軽井沢 電車 上田

去年、2016年の大河ドラマは堺さん主演で「真田丸」が放送と
分かってから真田信繁(幸村)について調べたところ、
真田の赤備えをイメージして製造した列車 ろくもん
軽井沢か長野まで運行している事を知った。
ろくもんに乗る為に軽井沢へ行ってみたいびっくり
その他に彼の地へ行きたい理由はもう1つあった。
10年前、バス旅行で軽井沢に行った時は綺麗なカフェでお茶を飲み、
ジョン・レノンが贔屓にしたフランスベーカリーでパンを買って
優雅な一時を過ごした…と言いたいところだが、
如何せん団体旅行の為に軽井沢滞在はわずか1時間半で慌しかった。
いつかまた軽井沢へ行こうと思ったが、
大阪から行くには時間も交通費もかなり掛かる。
そんな訳で諦めていたけれど、最近になって駅前から軽井沢まで
夜行バスが運行されていると知った。
今夏の旅行は大阪から夜行バスで軽井沢まで行き、
その後はしなの鉄道と青春18きっぷで旅することになった。

私は軽井沢で夕方までゆっくり過ごすつもりだったが、
夫は信越本線・横川駅−軽井沢駅間(明治26年〜昭和38年)の廃線跡
アプトの道 にある めがね橋 を見たいと言う。
軽井沢からバスに乗り横川へ行き、
そこからアプトの道を往復すると半日は潰れてしまう。
そんな事をすれば軽井沢滞在はたった1時間半、前回と同じではないか。
しかし、廃線跡見学は捨てがたく夫の提案を受け入れるしかなかった。



軽井沢駅前からJRバスに乗って横川駅へ向かう。
横川駅から熊ノ平駅(廃駅)まで往復すると4時間掛かる上に
その日の横川周辺の気温は37℃。
トンネルに入ると涼しいが、歩くと汗が滴り落ちた。
1時間半歩き今日のお目当ての めがね橋 に到着。
めがね橋は明治25年に完成した日本最大の煉瓦づくりアーチ橋で
新線開通に伴い昭和38年に廃線となった後、国の重要文化財に指定された。



めがね橋から更に30分歩くと熊ノ平駅がある。
熊ノ平は昭和41年に駅から信号場に降格したという歴史を持つ。



熊ノ平駅から廃線跡を1時間半歩いて横川駅に戻ったが、
太陽が道を照りつけ靴の底が熱くなる程だった。



横川駅でかつて「日本随一の人気駅弁」
と評された事がある 峠の釜飯 を頂く。
軽井沢行きバスの発車時刻が迫っていた為、
猛暑の中ベンチに座り汗だくになって食べる羽目になった。



軽井沢駅から循環バスに乗り私が一番行きたかった
旧軽井沢メインストリート
へ。
ところが行ってみて落胆した。
10年前の優雅な雰囲気はどこへやら、嵐山メインストリートのような
雑然とした町並みに様変わりしていた。
軽井沢は様々な見所があり、短時間でその魅力を味わうのは難しい。



軽井沢から しなの鉄道 ろくもんに乗って上田へ向かった。
ろくもん は真田幸村の赤備えをイメージした観光列車で
ゴールドで描いた六文銭が印象的である。



外観と内装のデザインはJR九州「ななつ星 in 九州」を手がけた
水戸岡鋭治さんが担当したという。
道理でろくもんの車内が豪華なわけだ。
車内販売のブルーベリージュースを飲みながら
贅沢な一時を楽しもう思ったが、
アプトの道ハイキングで大量の汗をかいた体にはジュース1本で足りず、
朦朧としながら外の景色を眺めていた。
遠くへ行きたい | 15:54 | - | -
長良川温泉 十八楼


中学時代、スーちゃんと偶々席が横になって以来、友達付き合い40年、
一緒に旅行へ行くようになって18年。
スーちゃんが「寒い時に暖かい石垣島へ行ってみたいわぁ。」と言うので
寒風吹きすさぶ2月に10万円も出して付き合った挙句、
「石垣島でも2月は寒いわ。やはり夏やね。」とのたまい
それを聞いた私は怒り心頭を発し、体調を崩した事もあるが、
なおも懲りずに2人で年3、4回は旅行に出掛ける。
今秋の旅行は岐阜県の長良川温泉、宿泊は老舗旅館 十八楼
ところで何故長良川温泉へ行く事になったのか?
2人共゜ひつまぶし ゜が大好物ゆえ、
それが頂ける名古屋近くの温泉で検索した結果、
長良川温泉が浮上したというわけ。
長良川温泉までのアクセスは名古屋から岐阜まで電車に乗って20分、
岐阜駅前から路線バスに乗って15分と中々便利な所にある。
しかし、名古屋でのんびり過ごしたせいで
長良川温泉に到着した時は日もとっぷり暮れていた。



宿泊プランは「飛騨牛堪能プラン」
飛騨牛時雨煮、飛騨牛ローストビーフ、飛騨牛炙り寿司、
飛騨牛とまと煮、飛騨牛味しゃぶ、飛騨牛のオンパレード。
飛騨牛は甘みがあり、とろけるような舌触りが特徴である。
普段、飛騨牛を口にする事は滅多にない。
年に1回あるかないかの御馳走を堪能した。
遠くへ行きたい | 23:52 | - | -
小樽 朝里川温泉


毎年、悪友Sちゃんと年に3、4回は旅行に行くが、今回は彼女が
関空⇔新千歳空港、JR新千歳⇔小樽の交通費を私の分まで出してくれた。
それには訳がある。
冬に金沢へ行った後、次はどこへ行こうかという話になった。
「新しくなった新千歳空港にまだ行った事がないねんけど。」
新千歳空港はお土産天国だ、土産好きのSちゃんならさぞ行きたいだろう。
しかし、私は完全無視。
2008年、長女がRくんを産んで以来、
今日まで40回以上も新千歳空港に降り立っている。
新千歳空港がリニューアルした2012年3月から
数えても10回は越えるだろう。
新千歳空港は私の庭だ、もう飽きた。
それでもリニューアルした新千歳空港へ行きたいSちゃんは言った。
私の分の交通費と宿泊費(ビジネスホテル)を
負担するから付き合って欲しいと。
そこまで仰るなら付き合って差し上げてもよろしくってよ。
と言ったものの、ビジネスホテルに泊まるのは勘弁願いたい。
宿泊費は自己負担で構わないから旅館に泊まりたい。
新千歳空港から近い温泉はないかと探したところ、
見つかったのが小樽市にある 朝里川温泉 だった。



JR小樽駅前から朝里川温泉までバスに乗って15分。
今回、宿泊する旅館は 宏楽園 だが、
バス停からすぐ傍にある玄関を見た時は戸惑った。
道の遥か向こうを見ても旅館らしき建物は見えない。
旅館はこの中にあるのだろうか?
数分歩くとようやく旅館が見えてきてホッと一安心。
私は宏楽園は2万坪の庭園に囲まれた旅館だという事を知らなかった。
食事の評価ばかり気にしていたからだ。



食事の評価は高いだけあってアワビとウニのジュレ、
ほっけのつみれ汁など等、北海道らしい海の幸満載の豪華な夕食だった。
そして特筆すべきがデザート。
イチゴのアイスクリームは果汁たっぷりで瑞々しく美味びっくり
デザートが素晴らしければ全体的に一段とレベルアップした気がする。
遠くへ行きたい | 23:21 | - | -
金沢 2013


去年の1月、Sちゃんと一泊二日で訪れた際、帰りの電車内で
来年もまた行こうねびっくりと決めた程お気に入りの地、金沢。
風情ある雪景色、江戸時代の雰囲気を残す ひがし茶屋街
そして美味しい和菓子と心惹かれるものが多い。
加賀藩が力を入れた茶道の影響で
金沢は独特の菓子文化が根付いたという。
中でも 中田屋 きんつば石川屋 枕石
は大好きで必ず買って帰るほど。
情緒ある景色を楽しみに来たのか、温泉で疲れを癒す為なのか
土産物を買出しに来たのか、本当の目的は一体何だろう。



ひがし茶屋街を散策した後
昼御飯を食べるべく 十月亭 へ向かう。
去年食べたのは味噌煮込みうどんだったが
今年こそは竹かご弁当(2750円)を食べようと意気込んで店内へ。
竹かごの中には目にも鮮やかな料理の数々が並んでいる。
どれも美味しかったが、煮物と茶碗蒸しが冷めていたのは少々残念。



昼食後はSちゃんに猪山直之生家跡までお付き合い願った。
生家跡とはいえ、コンビニを撮り続けるのは気恥ずかしく
早々に立ち去り、金沢駅はどこかと歩いていたら
長町武家屋敷 の看板が目に入った。
此処はまさしく 武士の家計簿 のロケ地だった。
路地に沿って土塀が続く町並みは加賀百万石の面影を今に伝えている。
映画では猪山直之屋敷付近の設定で撮影が行われた。



金沢駅に戻り、そこから路線バスに乗って40分で 湯桶温泉 に到着。
湯桶温泉は開湯1300年と歴史が古い。
宿泊は去年と同じく 湯の出旅館 である。
雪景色を見ながら露天風呂に入り
金沢の郷土料理に舌鼓を打つてんてん至福の一時だ。
失業中の身なのに何をやってんだか。それでも又いつか訪れてみたい。
遠くへ行きたい | 15:50 | - | -
奈良井宿


奈良井という地名を初めて耳にしたのは去年の夏だった。
友人2人と御嶽山に登り、下山後、木曽福島駅前の飲食店に入った時
今から登るという東京在住の女性が
「山から降りてこられたのですか?」と声を掛けてきた。
「お昼御飯をご一緒しましょう。」と同席することになり
今まで登った日本百名山など山の話で盛り上がったが
暫くするとその女性は木曽福島の先にある奈良井について語り出した。
奈良井 は中山道の宿場町だった所で
妻籠、馬籠よりも往時の面影が残っているらしい。
それならば夫の趣味である水彩画の題材になりそうだ。
近鉄特急に乗り名古屋まで、その先は青春18切符を使って
大阪から遥々6時間掛けて奈良井に到着した。



JR奈良井から歩いてすぐ奈良井宿の町並みが1kmに渡って続く。
奈良井は中山道木曽十一宿中、最も賑わった宿場町で
その繁栄の様は「奈良井千軒」と呼ばれた程だ。
江戸時代や明治時代の建築物が立ち並び
昭和53年、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

宿泊した旅館、伊勢屋 は奈良井宿の中ほどにあった。
伊勢屋は文政元年(1818年)創業、下問屋を勤めた老舗旅籠で
現在も当時の建物がそのまま残っている。
私達が泊った部屋は新館だったが、お風呂は主屋にあり
外に出て気温0℃の中、庭を突っ切って行かなければならない。
勿論、トイレと洗面も部屋の外だ。
それらは不便だったが、夕食と朝食は美味しかった。
地の食材を生かした女将さん心尽くしの料理は量、味ともに大満足。
また機会があれば訪れたい宿である。
遠くへ行きたい | 17:09 | - | -
秋の宮島


12月に入ってから寒風吹きすさぶ日が続いているのに
今頃、「秋の宮島」とは何事かはてなと思われるだろう。
宮島に行った日は11月末で、宮島(広島)と言えばもみじ饅頭
もみじ饅頭と言えば紅葉、紅葉と言えば秋、秋と言えば秋の宮島と
そう思って行ったのに、宮島にはほとんど紅葉が無かった。
宮島へ行く前に立ち寄った原爆ドームの傍を流れる
元安川の川辺にも紅葉は無かった。
紅葉なくして何が秋の宮島だ怒り
「もみじ饅頭」が生まれたのは広島が日本を代表する紅葉の名所だから
と思い込んでいたが、それは間違いだった。
日本随一の紅葉の名所でもないのに
何ゆえ広島の銘菓が「もみじ饅頭」なのか。
「もみじ饅頭」誕生は伊藤博文の下世話な冗談からだった。
伊藤博文は度々宮島にある紅葉の美しい 紅葉谷 を訪問していたが
その入り口にある茶店に立ち寄り、お茶を差し出した可愛い娘の手を見て
「この紅葉のような可愛い手を食べてしまいたい。」と言ったとか。
伊藤博文が宿泊していた旅館「岩惣」に納品している
和菓子職人・高津常助は伊藤博文の冗談話を耳にして
もみじの葉を模った饅頭の製造に着手、
試行錯誤の末に現在のもみじ饅頭の原型となる
「紅葉形焼饅頭」が明治39年に完成し販売されたというわけ。
そんな切っ掛けで「もみじ饅頭」が生まれたとは がーん
ところで紅葉谷は宮島にあるらしいが、一体どこにあったのか。
帰ってから調べたところ、紅葉谷は弥山原始林の麓にあり
宮島桟橋から徒歩20分もかかる。
そこまで同行者のSちゃんが付き合ってくれるはずがなく
どちらにせよ、宮島で紅葉を見るのは不可能だった。
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遠くへ行きたい | 18:41 | - | -
横浜


先日、結婚後は横浜に住んでいる次女を訪ねた。
次女はJR横浜駅から徒歩10分と便利な所に住んでいる。
私もピー王寺駅前に住んでいるが、横浜と大違いだ。
ピー王寺と違って横浜はお洒落なシメージがある。
横浜といえば中華街、元町、山下公園など等あるが
私はその他にどうしても行きたい所があった。
横浜港の傍に建つ ホテルニューグランド である。
知人が定宿にしていて、その良さを幾度となく聞かされていた。
ホテルニューグランドは1926年創業、開港当時の面影を残す老舗ホテルで
「THE有頂天ホテル」のロケにも使われている。
次女と2人でホテルの中へ入ったが
重厚感があり歴史を感じさせる佇まいに恐れをなして早々に退散した。



ホテルニューグランドの次に行きたい所は山手町。
何故ならば高級感溢れる素敵な街というイメージがあるからだ。
坂道を登って山手町の見所の1つ、外交管の家へ向った。
外交官の家 はイタリア山庭園の中に建つ重要文化財の西洋館である。
元々は外交官内田定槌の邸宅だったが、子孫から横浜市に寄贈され
イタリア山庭園に移築復元のうえ一般公開された。



外交管の家を見学した後、港の見える丘公園へ。
その近くにある洋館のレストランで昼食を摂ったが
ハイソな街に似つかわしい上品な量で物足りなかった。
けれど猥雑な街に住む私は洗練された町並みの
山手町に憧れを抱いてやまない。
遠くへ行きたい | 00:45 | - | -
昼神温泉


すっかり秋めいてきたのに、今頃になって真夏の話とは恐縮である。

悪友Sちゃんと計画した今夏の旅行は
一泊二日で函館、登別、小樽を巡るプランだった。
函館観光の後、スーパー北斗に乗り登別温泉で一泊、
翌日は小樽へ行き、昼食にお寿司を食べて帰るという
クレージーなプランだが、実現可能である。
問題は思った以上に旅費が掛かること。
そりゃそうだ、一泊二日とはいえ北海道だから。
Sちゃんはそれならば函館、登別、小樽、駆け足旅行は止めて
上高地に行った後、平湯温泉で泊まりたいと言う。
しかし、私は同じ月に登山で上高地へ行くからそれは嫌だと拒否。
キレたSちゃんは「そしたらXXが涼しい所にある温泉を探してよ怒り
と言ったので、検索したところ
中央アルプスにある 昼神温泉 が涼しい温泉地として浮上した。

昼神温泉は1973年、トンネル掘削によって発見された
歴史の浅い温泉だが、中京圏から中央自動車道と直結して
アクセスに優れている為、急速に発展した。



鶴橋から近鉄特急に乗って名古屋まで2時間少々、
名古屋から昼神温泉までバスに乗って1時間半、計4時間掛かった。
後になって思えば大阪から4時間も掛かるのなら
他に行けば良かったと思う。
昼神温泉に降り立った時、全く涼しくなかったからだ。
宿泊したホテルは じゃらん で評価が高かった ホテルはなや である。
広々とした露天風呂は良かったけど
建物自体は古く、一昔前の観光ホテルという感は否めない。
夕食は美味しかったが、朝食は品数が少なく山小屋より粗末だった。
フロントの傍に書類が山積みになっていたのもだらしない印象を与えた。
「ホテルはなや」 は悪くはないが、良いとも言えず
じゃらんの高評価4.8は納得がいかない。
遠くへ行きたい | 17:59 | - | -
湯涌温泉 湯の出旅館


十数年前から悪友のS子と年2、3回旅行に行く。
去年は真冬に石垣島へ行って侘びしい思いをしたり
京都駅前の旅館 ピー の大浴場入口がボイラー室のような鉄の扉でビックリ
入ってみれば浴室に窓1つ無くビックリと
最近は外れが多く、宿選びには慎重にならざるを得ない。
行き先は金沢に決まっているので、その周辺で宿探し。
評価は高いけど、値段は程々という事で
湯涌温泉 湯の出旅館 に決まり。
湯の出温泉は多くの文人が愛用しており
竹久夢二が彦乃を従い逗留した地でもある。
金沢駅前から路線バスに乗り50分、着いた先は一面雪に覆われていた。



バス停から歩いて5分という事だが
歩道が積もった雪の中に隠れて中々先に進めない。
積雪で湯の出旅館の入口がどこにあるか分からず
迷いながらようやく玄関に辿り着いた。



豪華夕食プランだけあって高級魚 のどくろ 塩焼き、能登牛陶板焼き
冶部煮等など地の食材を生かした絶品料理が多く大満足。
雪景色を見ながら入る露天風呂は最高だった。
俳優 I が毎年訪れるのもうなづける。 
リピートしたい宿がまた1つ増えた。
遠くへ行きたい | 18:07 | - | -
金沢 ひがし茶屋街


寒い冬こそ温泉に入って温まろうびっくりと行った先が
雪が深々と降り積もる最高気温1℃の金沢だった。
温泉に入る前に凍えてしまう、しかし来たからには金沢観光を楽しまなくては
とタクシーに乗り、ひがし茶屋街 に向かった。
ひがし茶屋街はお茶屋の面影を残した古い家や料亭が軒を連ねている
料亭街で今も昔ながらの情緒を残している。
五木寛之著 「朱鷺の墓」 の舞台としても有名だ。



金沢名物の土産を求め、雪が降りしきる中を歩き回った。
小1時間歩くと寒さが身にしみる。
十月亭 に入り、味噌煮込みうどんで暖を取った。



十月亭は日本料理の名店 「銭屋」 がプロデュースする店だけあって
具の鴨団子とたっぷり乗った野菜、出汁すべてが美味で
うどんと言えども侮れない味だった。
遠くへ行きたい | 15:47 | - | -
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